心配するということ
心配
1.思いわずらうこと。気がかり。
2.うまく運ぶように気を使って手配すること。
夫がまた手術をする事になった。
先日、心臓のカテーテル手術を行う際、足の付け根から導入したのだが、そこが詰まっている事が発覚。
来月、カテーテル手術をする。
あちこち、よく詰まるなぁと思うが、生活が変わらないのだから仕方ない。
ホースに汚れた水を流し続けている訳だ。
詰まった所を掃除し続けなければならない。
そんな話を他人にした場合、大概「それはご心配ね」と言われる。
誰一人として、「それは面倒くさいわね」とは言わない。
まあ、私でも人に言う時はそう。
わざわざ悪人になることもないから。
心配、という言葉に反応する自分がいる。
どうしても否定したくなる。
いや、別に心配ではない、面倒くさいだけですよ。
すなわち、心配ではなく「不愉快」とか「面倒」という感情だ。
詰まれば治してもらえばいい、自助努力はしない。大量の薬を飲んでるから大丈夫。
酒も煙草も止める気はないし、ラーメンも食べ続けるという夫の、何を心配しろと?笑
ただ、その度に動かされて、私の時間を使われるのが本当に嫌だ。
心配もいろいろだ。
1、必要に応じて、自分の時間や手間やお金を使う心づもりがある心配。子供の心配などがこれ。或いは、自分の親兄弟、大事な友人など。
2、自分は何もしないで済むので、人としてとても優しい人が演じられる心配。対岸の火事的な。
3、 自分がいろいろ動かなくてはならないが、実のところ、その人の存在は大事ではないので、ひたすら面倒だと思うパターン。
私は、亡くなった人に対して「もっとこうしてあげればよかった」というのが嫌いだ。
それは、今やらなくて済むから言える事で、生きてた時にはやらなかったんだから。
誰に対しても、死んでから言いそうな事は、今すぐやればいい。
葬式にだけ顔を出す友人なんて、要らないものの筆頭だと思う。
今、生きている私には会いたくないんだろうからね。
LINEで「心配してるよ〜」なんて言ってくる人には、こっちもそれなりです笑
まあ、それが大人の付き合い方なんだろうね。